
夜の川辺は、しんと静まり返っていた。
遠くで蛙の鳴き声がぽつりぽつりと聞こえるだけで、風もなく、水面は鏡のように穏やかだった。
Akiraは、橋の上からじっと水面を見下ろしていた。
片手には、すでに火をつけたロケット花火。
緊張で少し汗ばんだ手の中で、シュッという火薬の音がじりじりと鳴り始めている。
そして、タイミングを見計らって――振りかぶり、火花の吹き出す花火を水面めがけて投げ込む。
「ジュボッ!」
次の瞬間、鈍い音とともに水中でぼわっと光が爆ぜた。
暗い水の中に、丸い光の輪が静かに、しかし確かに広がってゆく。
その幻想的な光景に、Akiraは思わず息を呑んだ。
「……やっぱり、これだよな」
ただの地上花火じゃ、到底味わえないスリルと、あの独特の美しさ。
水中で光る花火は、まるで川底にある秘密の灯台のように、暗闇の中をぐるぐると照らしている。
水の中でしか見られないこの儚い光に、彼はすっかり魅せられていた。
だが、その裏にはちょっとした危険もあった。
水中でクルクルと回転しながら火花を撒き散らす「灯台花火」は、タイミングを一つ間違えれば、空中で爆ぜるか、水上で弾けてしまう。
橋の上から投げただけじゃダメなのだ。
火の粉が出はじめる瞬間を見極めて、肩の上から勢いよく投げ込む。
その際、自分の腕に火の粉がかかることもある。ヒヤリとするが――
「それでも、やめられないんだよなぁ」
夜の川を見下ろしながら、Akiraは満足そうに笑った。
こんな遊びをしていたら、いつか誰かに怒られるかもしれない。
だが今夜は、不思議と誰も何も言わない。
大人たちも、なぜかそのまま見て見ぬふりをしているようだった。
だからこの瞬間、この時間は――Akiraだけのものだった。
光と水と、静けさと、ちょっとした冒険。
夏の夜は、まだまだ終わらない。
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