
昭和の光と影がまだ色濃く残る時代。
日本の片田舎に、AKIRAは末っ子の男子として生を受けた。
家は五人家族。共働きの両親、年の離れた兄、そして優しいけれどどこか厳かな祖母。
日々忙しく過ぎてゆく家庭の中で、家族が顔を合わせるのは夕食のひとときだけ。
だが、そこに会話はなかった。ただ箸の音だけが、静かな部屋にカチカチと響いていた。
そんな家の中で、AKIRAの心を満たしてくれたのは、外の世界だった。
窓の外に立ち上る巨大な入道雲。
そのもくもくとした白い塊は、まるで空に浮かぶ巨大な怪獣や城のように見えた。
刻一刻と変化していくその形に、AKIRAは果てしない物語を思い描いていた。
近くの工事現場では、重機がガタゴトと音を立てて動いていた。
そのメカニカルなリズムと迫力に目を奪われ、
長い時間、動くシャベルやクレーンの一挙手一投足を食い入るように見つめていた。
風に乗って漂ってくる、ディーゼルエンジンのあの独特な匂い――。
世の中の多くの人が嫌がるその煙の香りが、なぜかAKIRAにはたまらなく心地よく思えた。
あれは、何かが動き出す音。未来が回り出す匂い。
そんな気がしてならなかった。
そして、何より心惹かれていたのは、空を自由に舞う鳥たちの姿だった。
翼を広げ、風を切り、どこまでも遠くへ飛んでいくその小さな命に、
AKIRAは羨望と憧れを込めて、手を羽ばたかせ真似をした。
夜になると、その思いは夢となって現れる。
夢の中のAKIRAは、鳥になって空を飛んでいた。
見慣れた田んぼ、川、工場の煙突、山の端を、風に乗って自由自在に越えてゆく。
そのとき感じるのは、何ものにも縛られない爽快感。
「鳥って、こういう気持ちで飛んでるんだな」
夢の中の自分が、そう確信していた。
――言葉にできない思いを、空や風や機械の音に託していた少年。
それが、AKIRAだった。
小さな体の中に、広い世界への好奇心と憧れが静かに灯っていた。
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