
チリンチリン…… チリンチリン……
古ぼけた黒電話のベルの音が部屋の静けさを破った。
「はい、川崎です」
寝ぼけ眼で受話器を取ると、受話器の向こうから甲高い声が飛び込んでくる。
「ばあちゃんに代わって」
「ばあちゃんは今いないです」
「じゃあ、帰っち来たら松崎の南から電話あったっち、言っちくれ」
「はい、分かりました」
それだけの会話。カチャンと受話器を戻すと、部屋の中はまた静けさに包まれる。
薄暗い畳の上にそのままごろんと寝転がり、さっきまでの眠気の続きに身を任せる。
まるでさっきの会話は夢だったんじゃないかと思うくらい、再び深い眠りに落ちていった。
数時間後――
まぶしさと暑さで目が覚めた。
天井を見上げると、空気がゆらゆらと揺れて見えるほどの熱気が部屋を満たしていた。
さっきまでの土砂降りがまるで嘘だったかのように、空には雲ひとつない。
照りつける太陽がアスファルトを焼き、道路の向こうには蜃気楼のような湯気が立ちのぼっている。
耳をすませば、ミーンミーンミーン……
セミたちの大合唱が、容赦なく夏の存在を主張してくる。
「……夏はやだ~」
思わずつぶやいて、腕で額の汗をぬぐった。
外に出る気にもなれず、かといって家の中も風が通らずむし暑い。
ばあちゃんはまだ帰ってこないし、冷たい麦茶もすでに飲み干してしまっていた。
窓の外を見れば、照り返しで眩しい白い光が目を刺す。
遠くでまた、誰かが庭に打ち水をしているのが見えた。
けれど、自分のいる世界にはまるで風が届かない。
それでも、夏はこうして毎年やってくる。
ミンミンゼミの声と、焼けたアスファルトのにおいと、目を細めた少年の「やだ~」の声を連れて――。
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